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釧路地方裁判所 昭和30年(行)5号 判決

原告 福田基稔

被告 釧路地方法務局長

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、被告が原告の登記官吏の不当処分に対する異議申立につき昭和三十年九月二十六日なした棄却決定はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。との判決を求め、その請求の原因として、

一、釧路市松浦町十七番地の百九十一、原野六畝六歩(以下本件土地という)は、もと訴外中戸川豪の所有であつた。訴外長浜武彦は昭和二十三年二月二十日本件土地を右中戸川から買受け、同二十四年五月十九日所有権移転登記を経由し、次いで訴外飯島勘十郎が同年十月十九日これを右長浜から買受けた。ところが右長浜は右飯島に所有権移転登記を経由しないうちに同二十五年八月三十一日本件土地を更に訴外佐藤ユキに売渡して同人に所有権移転登記を経由した。原告は同年十一月二十日右佐藤から本件土地を買受け、同年十二月二日所有権移転登記手続を了した。

二、ところで前記飯島は長浜から佐藤への本件土地の売渡しは第三者の強迫によるとの理由で長浜を代位して右売買契約を取消し、佐藤に対し釧路地方裁判所に所有権移転登記の抹消登記手続を訴求した。右訴訟に於ては「佐藤はその所有権移転登記の抹消登記手続をせよ」との趣旨の判決があり、佐藤において札幌高等裁判所に控訴したが、佐藤は飯島勘十郎の相続人にして訴訟の承継人である訴外飯島慶治と和解したので控訴を取下げこゝに右判決は確定した。よつて右飯島慶治は右確定判決に基き昭和二十九年十一月九日佐藤の所有権移転登記のみの抹消登記手続を了した。

三、而して釧路地方法務局登記官吏は、昭和二十九年十二月二十一日登記義務者を訴外長浜武彦、登記権利者を訴外水野両平、登記原因を売買予約とする本件土地の所有権移転請求権保全の仮登記申請をうけてこれを受理し、釧路地方法務局受付第五千百五号を以つて右登記を経由し、更に同三十年二月十一日釧路地方法務局受付第四百六十二号を以つて前同様右仮登記を本登記に経由した。

四、しかしながら前記仮登記及びこれに基く本登記が経由された当時、本件土地について訴外佐藤ユキの所有権移転登記のみは抹消されていたが原告の所有権移転登記は抹消されずに登記簿上に存在していたのであるから登記官吏は実体的権利関係の審査をすることなく単に形式的審査に従つて右仮登記及びこれに基く本登記の各申請を、事件が登記すべきものに非ざるときに該当するものとして不動産登記法第四十九条第二号の規定に基き該申請を却下すべきものであつた。それにもかゝわらず該申請を受理して登記手続を了したことは違法な処分であつて登記官吏は同法第百四十九条の二ないし五の規定により職権で該登記を抹消すべきものである。よつて原告は被告に対し職権による右仮登記及びこれに基く本登記の抹消を求める為同法第百五十条による異議を申立てたところ、被告は昭和三十年九月二十六日登記官吏の処分は不動産登記法第四十九条第六号に違反するところはあつたが一旦登記手続を了した以上該登記は職権で抹消できないとの理由で右異議申立を棄却する決定をしたのでこれが取消を求める為本訴請求に及んだと述べた。

(立証省略)

被告指定代理人等は、主文同旨の判決を求め答弁として、原告の主張事実第一項中本件土地がもと訴外中戸川の所有であつたこと、本件土地の所有権移転登記が右中戸川から訴外長浜に、次いで右長浜から訴外佐藤に、更に右佐藤から原告にそれぞれ経由され、訴外飯島勘十郎の為登記手続が経由されなかつたことは争わない、その余の事実は不知。第二、第三項は争わない。第四項中訴外水野両平の為の仮登記及びこれに基く本登記の各申請が不動産登記法第四十九条第二号に該当するとの点及び右登記を登記官吏が職権で抹消すべきものであるとの点は争う、その余の事実は争わない。登記官吏は右仮登記及び本登記の申請をうけたとき申請書に掲げた登記義務者の表示が訴外長浜武彦であり、登記簿上の登記義務者の表示が原告である以上その表示が符合しないのであるから同法第四十九条第六号の規定により該申請を却下すべきものであつた。しかし該申請を却下せず登記手続を了した以上登記官吏は職権でこれを抹消するをえない、従つてまた同法第百五十条の異議を申立てることはできないから被告が原告の異議申立を棄却した決定には違法はないと述べた。

(立証省略)

理由

本件土地がもと訴外中戸川豪の所有であつたこと、本件土地の所有権移転登記が原告主張のように右中戸川から訴外長浜武彦に、次いで右長浜から訴外佐藤ユキに、更に右佐藤から原告にそれぞれ経由されたこと、しかるのちに右佐藤の所有権移転登記のみが原告主張のような確定判決に基き抹消されたこと、次に釧路地方法務局登記官吏が原告主張のように登記義務者を訴外長浜武彦登記権利者を訴外水野両平とする所有権移転請求権保全の仮登記及びこれに基く本登記の各申請を受理して該登記手続を了したこと、原告が右登記官吏の処分に対し原告主張のような異議を申立て被告が昭和三十年九月二十六日原告主張のように該異議申立を棄却したことは当事者間に争がない。

原告は前記仮登記及びこれに基く本登記の申請につき、登記官吏は実体的権利関係の審査をなしえないのであるから形式的審査に従つて登記簿上原告の所有権移転登記が抹消されずに存在する以上訴外長浜武彦を登記義務者とする右仮登記及びこれに基く本登記の申請は不動産登記法第四十九条第二号に基き却下すべきであると主張し被告は同条第六号の規定により却下すべきものであると争うから按ずるに、右仮登記及び本登記の申請は、その申請書に掲げた登記義務者の表示が訴外長浜武彦であることは当事者間に争がなく成立に争のない甲第三号証により登記簿上の登記義務者が原告であること明かであるがこれは不動産登記法第四十九条第六号所定の申請書に掲げたる登記義務者の表示が登記簿と符合せざるときに該当するものといわねばならない。同条第二号は登記の申請自体が本来登記を許さゞる事項の登記を目的とする場合であるから原告の主張は採用できない。そうすると登記官吏は不動産登記法第四十九条第六号の規定に違反して前記仮登記及びこれに基く本登記の手続を了したものといわねばならない。

而して不動産登記法第百四十九条の二ないし五の規定は同法第四十九条第一号及び第二号の規定に違反して登記手続を了した場合に限り同条第三号以下に該当する登記については登記官吏は職権を以つて該登記の抹消を為すことができないのであるから前記認定のように同条第六号に違反して為された本件仮登記及びこれに基く本登記の違法処分も登記官吏が一旦登記申請を受理してその登記を完了した以上その仮登記及び本登記の抹消を求める為には同法第百五十条の異議の方法によることができないのである。

してみると釧路地方法務局登記官吏の前記仮登記及び本登記の不当処分に対し、原告がなした異議申立につき被告が昭和三十年九月二十六日になした異議棄却決定には違法の点はない。そうするとこれが取消を求める原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却することとし訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 橋本金弥 有重保 惣福脇春雄)

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